かいしんのMUSIC

C-C-Bファンのブログです。

C-C-B History(1985年5月~8月)

2014.08.26

category : C-C-B History

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 こんばんは。

 「C-C-B History」、今回は1985年5月~8月をまとめていこうと思います。
 『Romanticが止まらない』がヒットしメディアにも引っ張りだこになったC-C-B、その曲だけの一発屋になってしまうのではないかという心配がされていましたが、続いて発売された『スクール・ガール』もヒットし、勢いに乗ってきたのがこの時期かなと思います。
 C-C-Bのカラフルな髪の毛にも変化が出てきたのもこの時期で英樹さんがウニカットと呼ばれる髪型にしたのはこの頃だと思います。個人的にその髪型の英樹さんが印象が強いんですよね。半年くらいしかその髪型はしていなかったのになぁ。


1985年

5月25日(土) 3rdアルバム「すてきなビート」発売

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6月1日(土) ファーストツアー'85が開始

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 C-C-Bのファーストツアーがこの日からスタートしました。初日は愛知勤労会館。
 C-C-Bのヒットを受け、このツアーから会場はライブハウスではなくコンサートホールのツアー。しかも、全国各地を回るツアーとなりました。


6月25日(火) ベストアルバム「楽しい夏休み」発売

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7月20日(土) 長野でのイベントが停電のため中止

 全国各地をツアーで回っていたC-C-B、長野県の長野市公会堂でのイベントで開演直後に降り出した大雨と雷のため、3曲演奏したところで停電になるハプニングが発生しました。一瞬会場はパニックになりかけますが、「みんな静かにして!俺たちは歌うぜ」の一言でメンバーは楽器を置いて、手拍子と肉声だけで数分間ステージを続けました。しかし、残念ながらイベントは中止になってしまいました。
 笠さんはこの出来事をきっかけに電子ドラムから停電に影響されない生ドラムに切り替えることを考えたそうです。

7月23日(火) 「徹子の部屋」初出演

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 今でも続いている長寿番組「徹子の部屋」にC-C-Bが初出演しました。
 この時でも既に黒柳さんとは「ベストテン」で何度も共演しているはずですが緊張している様子でした。
 初出演ということで、メンバーの自己紹介やC-C-Bの名前の由来、英樹さんの実家の話、売れなかった時代の頃のお話、ツアーでのお話をされていました。
 売れなかった頃はどんなアルバイトをされていたのか一人一人掘り下げて聞いていたのが面白かったです。ちなみに、英樹さんはスパゲッティ屋さん、米川さんは運送屋さんとレコード屋さん、笠さんは印刷屋さん、関口さんは着ぐるみの中に入っての仕事やビルの窓拭きの仕事、田口さんは印刷屋さんのアルバイトをされていたそうです。
 「トップテン」での沖縄からの中継のお話が面白かったです。英樹さんと関口さんの乗る飛行機がアクシデントによって飛ばなくなり、仕方なく残りの3人だけで『Romanticが止まらない』のリハーサルをしたものの(米川さんが英樹さんのパートを歌い、関口さんのパートを田口さんが歌ったんだとか)、散々な感じだったようで、米川さんは覚悟は決めたものの田口さんは逃げようとしたようです(苦笑)結果的には英樹さんと関口さんが間に合って、無事に中継が行われたそうです。
 
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 カラフルな髪の毛のC-C-Bに対して、飲み物までカラフルなものが用意されていました(笑)
 

8月10日(土) ファーストツアー'85前半戦終了

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 岐阜市民文化センターで、ファーストツアー'85の前半戦が終了しました。
 前半戦の最中、沼津市や藤沢市のコンサートでは終演直後に笠さんが病院に担ぎ込まれたこともあったようで、他にも小豆島でのイベントでもライブ終了後には笠さんがグッタリされていたので、毎回毎回のライブで笠さんは身を削りながら叩いていたのかなと思います。
 ツアーの前半戦を終え、英樹さんはツアーから得たものとして、「少しの自信と、それを上回る課題」という次のツアーへの期待感が高まるようなコメントをしていました。


8月21日(水) 5thシングル「LuckyChanceをもう一度」発売

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8月22日(木)~27日(火) C-C-B、ハワイへ

 ツアーの前半戦を終えて、とりあえず一段落したC-C-Bはハワイへ。名目上は写真集2冊の撮影ということですが、おそらくヒットしたご褒美なのかなと思います。C-C-Bのメンバーにとっても、みんな初めての海外ということで、思う存分楽しんだんでしょうね。
 関口さんはハワイで金髪の女性と親しくなって、英樹さんと米川さんが羨ましそうに見ていたという可愛いエピソードもあったりしたそうです。
 ハワイへ行く前に「カラフルココナッツ」で、ゲストに所さんが出演されたときにハワイに行くC-C-Bを所さんがとても羨ましそうにしていました。何でも所さんはハワイへ行ったことがないんだとか。
 ハワイから日本に帰ってきた後は真っ黒に焼けたC-C-Bを見ることになります(笑)

C-C-B History(1985年1月~4月)

2014.03.17

category : C-C-B History

comment(7)

 こんばんは。

 「C-C-B History」、今回は1985年1月~4月をまとめていこうと思います。
 『Romanticが止まらない』がヒットしてメディアへの露出が増え始めた時期で書くことも増えてしまうため、一つの記事で1年をまとめようとするのは難しいので分割していきたいと思います。

 1985年の初めにココナッツボーイズからC-C-Bへと改名したわけですね。当初C-C-Bはココナッツボーイズの略称として使われていて、いつしか正式名称に変わっていたような印象を受けます。
 他には年齢のサバ読みを始めたのもこの時期。英樹さん、関口さん、田口さんが2歳、笠さんが1歳、サバ読みをしました。当初は軽い気持ちで始めたと思うんですが、ヒットするにつれて後が引けない状況に・・・。そのせいでTV番組などで年齢を聞かれた時、自分の実年齢とサバ読みしている年齢がごちゃごちゃになり、適当に誤魔化すという場面がよく見られるようになってしまいました(苦笑)この状況は1年ほど続くことになりました。


1985年

1月8日(火) 「毎度おさわがせします」放送開始

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 TBS系テレビドラマ「毎度おさわがせします」が放送開始されました。このドラマの主題歌としてC-C-Bの『Romanticが止まらない』が使用されたことでC-C-Bがヒットした大きな理由の一つと言えます。
 実はこのドラマの主題歌は一世風靡セピアが担当する方向でしたが(チェッカーズという説もあり)、ドラマのイメージと一世風靡セピアのイメージが合わなかったり、この曲の作詞を担当した松本隆さんと作曲を担当した筒美京平さんが「新しいバンドにしたい」という意向があったり、筒美さんが笠さんの歌声に惹かれたりしたことからこの曲を歌うバンドがC-C-Bに決まったそうです。
 他にもC-C-Bのディレクターを担当していた渡辺忠孝さんが実のお兄さんである筒美さんにお願いしたものの、なかなか色良い返事が貰えませんでしたが、笠さんの歌声を聴くことによって、『Romanticが止まらない』を作る流れになったという説もあるそうです。(情報提供 ほうじょうさん
 C-C-BはOP映像に登場している他に、第5話でバンドマン役として番組内にも出演しました。
 

1月25日(金) 3rdシングル「Romanticが止まらない」発売

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2月11日(月) 萩窪新星堂ホールで、ミニライブ

 この日のライブは通常のライブとは違い3部構成でした。
 1部は「CMグラフィティー」、これまでCMで使用されてきたC-C-Bの曲を聴きながらメンバーがその曲についての感想をお話するというもの。2部は「ビデオジョッキー」、「毎度おさわがせします」の映像や『Romanticが止まらない』のPVを見ながら、その感想や失敗談をお話しするというもの。そして3部はアンコールを含めて全8曲のミニライブという流れだったそうです。
 この日ハプニングが何度か起こったみたいで「CMグラフティー」の時にスタッフの方が本来かける曲とは違う曲を流してしまったり、ミニライブの時に田口さんがマイクをつけ忘れたりしたみたいです。


2月21日(木) 「ザ・ベストテン」初出演

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 人気音楽番組「ザ・ベストテン」にスポットライトで初出演しました。
 一度でも出演できたら満足だとメンバーも思っていたみたいですが、最終的にC-C-Bとしては「ベストテン」に54回も出演することになりました。
 初登場ということでメンバーの自己紹介がありましたが、さすがにまだTVの生放送が慣れていないこともあり、緊張している様子でした。

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 C-C-Bといえばカラフルな髪の毛ということで演奏中に笠さんの髪の色がピンクから色々な色に変化する仕掛けも見られました。


3月4日(月) 「ザ・トップテン」初出演


3月25日(月) 全国ライブハウスツアーが開始

 メディアに引っ張りだこになったC-C-B、ヒットしてから初となるライブハウスツアーが始まりました。
 「ベストテン」や「トップテン」といった音楽番組に出演し、勢いに乗っているC-C-Bはどの会場も満員になるほどの大盛況。4月2日の前橋ラタンでは長い行列ができていて英樹さんもビックリしたんだとか。


4月4日(木) 「ザ・ベストテン」で番組通算100曲目の第1位を獲得

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 スポットライトで「ザ・ベストテン」に初出演したC-C-Bは3月7日に7位にランクインしてから、着々と順位を伸ばし、遂にこの日に第1位を獲得しました!更に運が良いことにこの曲が「ザ・ベストテン」通算100曲目の第1位に輝くことになりました。

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 100曲目の1位を飾ったということで演奏中に歴代の第1位の映像が流れて、C-C-Bが小さくしか映らないというちょっぴり悲しい出来事も起こりました。
 エンディングには電話で英樹さんのお父さんが登場し、祝福の言葉を贈っていました。


4月12日(金) 「ふぞろいの林檎たちII」第5話にゲスト出演

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 TBS系テレビドラマ「ふぞろいの林檎たちII」の第5話に英樹さんと関口さんがゲスト出演しました。
 ゲストというほど重要な役回りではなくエレベーターでチラッと登場するバンドマン役として登場しました。エレベーターの中でTOM★CATの『ふられ気分でRock'n' Roll』を口ずさんでいたのに時代を感じてしまいます。


4月13日(土) 「ひょうきんベストテン」初出演

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 本家の「ザ・ベストテン」に続いて、「オレたちひょうきん族」の「ひょうきんベストテン」に初出演しました。
 音楽番組ではなくお笑い番組なのでメンバーは少しビクビクしているような印象を受けました。司会の島田紳助さんに英樹さんが唇が青いことをイジられていましたが、英樹さんがイジられるのって珍しいような気がしますね。
 この後も「ひょうきんベストテン」には何度か出演することになります。
 英樹さんが言うには「ひょうきんベストテン」は楽しかったけども、現場が恐かったみたいですね。芸人さんたちはアドリブの連続だったため、一曲を歌うだけで2時間くらいかかったそうです(笑)


4月24日(水) 「夜のヒットスタジオ」初出演


4月25日(木) 4thシングル「スクール・ガール」発売

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4月25日(木) 渋谷公会堂で、初のホールライブ

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 当時C-C-Bがよくライブをしていた渋谷Egg Manの近くにあり、いつかあそこでライブをしてみたいと夢見ていた渋谷公会堂でのライブがこの日実現しました。
 C-C-Bにとっては初めてのワンマンホールライブということで緊張気味にスタートしたものの、超満員のお客さんを盛り上げる熱いステージを展開したそうです。
 アンコールでは英樹さん一人がステージに出ていき、英樹さんが一人一人他のメンバーをステージに呼び込むという演出を予定していたみたいですが、英樹さんとともに関口さんも出てきてしまい、仕方なく残りの3人もパラパラと出て行ったそうです(苦笑)
 ちなみにこの日のライブが終わった後、「ザ・ベストテン」の中継が入り渋谷の公園通りにあるビルから『Romanticが止まらない』を演奏しました。

C-C-B History(1984年)

2014.02.06

category : C-C-B History

comment(2)

 こんばんは。

 「C-C-B History」、今回は1984年をまとめていこうと思います。
 まだこの時代もヒット前ということで情報が少ないですね。基本的に「寝たふり」からの情報が中心になっています。


1984年

4月4日(水) 四谷Four Valleyで、米川加入後初ライブ

 ココナッツボーイズは関口さんがギターを担当していましたが、関口さんはギターはあまり得意ではないということでリードギターを担当していたのはサポートメンバーの方でした。さすがにその状態ではいけないということでリードギターを担当する正式メンバーを入れようということになり、白羽の矢が立ったのは当時2年制のギタースクールを1年で卒業してしまったという米川さん。好きなバンドはTOTOという米川さんにとって、ココナッツボーイズのサウンドは受け入れ難いものでしたが、レコードを出せるからということで加入を決めたみたいです。

 2月29日、四谷Four Valleyの近くにある喫茶店で米川さんがココナッツボーイズと初めて対面し、その後の4月4日に米川さんが加入後初ライブを行いました。既にこの時、田口さんはココナッツボーイズのサポートメンバーから正式メンバーになっていたので晴れてこの日がココナッツボーイズ、後のC-C-Bのメンバーが揃う形となりました。


6月8日(金) 新宿村さ来で、染髪後初ライブ

 C-C-Bといえば世間からはカラフルな髪の色という印象が強いわけですが、髪を染め始めたのは実はこの頃でした。見た目のインパクトが欲しかったり、ココナッツボーイズを知ってもらうための社内プロモーションも兼ねたりなど様々な理由がきっかけで髪を染め始めることになりました。
 この時に髪を染めていたのはフロントに立っていた英樹さんと関口さんのみ。それぞれの髪の色はピンクとブルーだったとか。メイクもバッチリしていて、ヴィジュアル系バンドの走りといっても過言ではないのでしょうか。でも見た目はヴィジュアル系なのに演奏するサウンドはビーチボーイズサウンドというギャップも今思うと面白かったり(苦笑)


6月17日(日) 第1回May Clubの集い

 どのアーティストやバンドもファンクラブというものは付き物。ココナッツボーイズももちろんメジャーデビューからMay Clubというファンクラブが発足されていました。
 そのMay ClubでココナッツボーイズのメンバーとMay Club会員の方たちが集まるというMay Clubの集いが初めて行われました。第1回目はボーリング大会が行われ、メンバーと会員さんたちが5チームに分かれて対決をしました。結果、優勝したのは笠さんのチームでした。


7月25日(水) 2ndシングル「瞳少女」発売

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 1枚目のシングルが売れなかったため、2枚目のシングルこそは!と意気込んでいたメンバーを後押しするように今回もCMのタイアップ!更にはそのCMも人気番組「クイズダービー」の放送の度に流れるため、今回こそ売れるのではないかと思われましたが、結果は残念ながら売れず・・・。

 ちなみに『瞳少女』とタイアップしたのはロート製薬のなみだロート。CMでは「Wow Wow Wow Wow Wow なみだロート♪」と歌われていました。

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8月25日(土) 2ndアルバム「Boy's Life」発売

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10月28日(月) 萩窪新星堂ホールで、ライブ

 このライブはいつもと違う形のライブでした。それは合言葉コンサートというもので合言葉が言えたら無条件で入場できますが、言えないと入場料10円を取られるというもの。合言葉に使われたのは『瞳少女』と両A面の曲であった『チリドッグがお気に入り』。「チリドッグは?」という問いかけに「お気に入り」と答えればクリアなんですが、失格者は小学生の男の子2名だけだったみたいです。
 ほとんど無料ライブと言ってもいいのに演奏された曲はアンコールを含めて16曲。しかも、アンコール前にはメンバーからのプレゼントもあったりしたそうです。


12月31日(月) 渋谷Egg Manのオールナイトライブでトリとして出演

 ココナッツボーイズは大晦日に行われた渋谷Egg Manのオールナイトライブのトリをとって出演されました。トリの出演は1月1日の朝5時。オールナイトライブとはいえスゴイ時間帯のライブですが、大盛り上がりのステージだったみたいです。この時、『腰抜けスーパーチャンプ』の演奏中に田口さんのキーボードを支えていた台の脚が折れ、キーボードが崩れ落ちるハプニングがありました。田口さんの素早い対処により、メンバーは誰一人気づかず演奏を続けていたんとか。
 ちなみにメンバーはこのライブ前に根津神社へ、ライブ後には明治神宮へ、2度も初詣に行ったそうです。
 ライブハウスでのオールナイトライブに出演していたバンドがまさかこの1年後にレコード大賞からの紅白歌合戦というスターの道を走ることになるとはメンバー自身も思いもしなかったでしょうね。

C-C-B History(1983年)

2014.01.23

category : C-C-B History

comment(6)

 こんばんは。

 今年一発目の記事にも書きましたが、今年はC-C-Bにとって、田口さんと米川さんがC-C-Bに加入して30年、更にC-C-Bが解散して25年というメモリアルイヤーです。そこでC-C-Bの活動の歴史を振り返ってみようと思い、「C-C-B History」ということでまとめていきたいと思います。今年から始めようと思った内容(企画?)の記事というのは実はこれでした。
 C-C-Bの歴史を振り返る上で基本的にはC-C-Bの書籍「寝たふり」の中にある「C-C-B MEMOIR」をなぞり、更に「CLOSE」からの情報を取り入れる形となるので、この2冊を読んだことがある人にとっては新鮮味が感じられない内容となるかもしれないです(汗)「寝たふり」も「CLOSE」もオークションなどで手に入ると思いますが、ここでまとめる記事を読んで興味を持って頂いた方が買って頂ければなと思います。おそらくここでまとめる記事よりも詳しいことが書かれていると思いますので(苦笑)


 C-C-Bという名前になる前・・・、ココナッツボーイズとしてバンドを結成しメジャーデビューをした日からまとめていきたいと思います。それ以前のメンバーの生い立ちや結成までの流れは「寝たふり」で詳しく書かれています。
 まずは1983年を書いていきたいと思います。この時代の情報は少なくて「寝たふり」からの情報がほとんどです。


1983年

6月1日(水) 1stシングル「Candy」でデビュー

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 1982年に結成されたココナッツボーイズは83年にポリドールからデビューすることになりました。
 実はレコード会社はポリドールではなくムーンレコードからのデビューだったんですが、様々な事情によりポリドールへ。ムーンレコードの担当の方は英樹さんの歌声を評価していたものの、ポリドールの渡辺忠孝さんの元に預けた方が良いだろうという判断も他の理由としてあったみたいです。この判断は正しくムーンレコードにいたらC-C-Bはヒットしなかったと当時の担当の方は語っています。
 
 この時のココナッツボーイズの正式メンバーは英樹さん、関口さん、笠さんの3人。『Candy』のジャケットにはこ3人に加えて、キョージュさん、タッちんさんの2人が写っていますが、このシングルのレコーディング後に脱退する形となりました。

 ちなみに、『Candy』は全農ヨープレイトのCMソングとして使用されました。ヨーグルトなのに『Candy』ということでサビの部分は使用できず・・・(苦笑)

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6月25日(土) 1stアルバム「Mild Weekend」発売

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7月1日(火) 渋谷Live Innで、デビュー後初ライブ

 デビュー後から1か月後、ココナッツボーイズはデビューライブを行いました。
 ちなみにこの時のココナッツボーイズはサポートメンバーを加える形でライブを行っていました。この時からキーボードに後に正式メンバーとなる田口さんを加えることもあったんだとか。

 
8月13日(土) 鎌倉すみやで、『Candy』のレコ発イベント

 鎌倉市にあるレコード店すみやで、『Candy』のレコ発イベントとしてライブとサイン会が行われました。
 ライブは英樹さんと関口さんがアコギを弾き、笠さんはドラムは叩かず歌のみの参加。ライブを行ったステージというのがスゴくて、自転車置き場にイスを3つ並べただけというお粗末なものだったようです。
 その後に行われたヨープレイトの試食会ではヨーグルトを食べるためのスプーンがないという事態に見舞われましたが、お箸でヨーグルトを食べる方法を英樹さんが子供たちに教えたという優しいお兄ちゃんの一面が垣間見えるようなエピソードもありました。

プロフィール

Author:かいしん
[年齢]
24歳
[住んでいる所]
名古屋

80年代を代表するバンドC-C-Bの
魅力にとりつかれたのが中学生の頃。
あれから約10年が経ちました。

C-C-Bを愛する気持ちは今も変わらず。
これからも応援していこうと思います。
いつも心にC-C-B!

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