かいしんのMUSIC

C-C-Bファンのブログです。

C-C-Bと松本隆

2013.10.26

category : C-C-Bと○○

こんばんは。

「C-C-Bと○○」というカテゴリーの記事では
これまで松本伊代さんやザ・スパイダースとのC-C-Bのつながりについて書きましたが
今回は裏方にスポットライトを当ててみます。

C-C-Bは色々な方に支えられていたわけですけども、
C-C-Bを人気バンドの地位に押し上げた立役者、
そしてその後もC-C-Bと深い関わりを持っていたのは松本隆さんではないかと思います。
ということで今回はC-C-Bと松本隆さんの関わりを取り上げてみます。


まず最初に松本隆さんを簡単に紹介したいと思います。
情報はWikipediaからの引用です。

松本隆は、日本の作詞家である。ロックバンド「はっぴいえんど」の元ドラマー。
はっぴいえんど解散後、南佳孝『摩天楼のヒロイン』、あがた森魚『噫無情(レ・ミゼラブル)』、岡林信康『金色のライオン』などのアルバムをプロデュース。アグネス・チャンの「ポケットいっぱいの秘密」で歌謡界に本格進出し、太田裕美が歌った「木綿のハンカチーフ」で作詞家としての地位を確立した。
筒美京平とのコンビで中原理恵「東京ららばい」、桑名正博「セクシャルバイオレットNo.1」、近藤真彦「スニーカーぶる〜す」などを手掛ける一方、'80年代よりはっぴいえんど時代の仲間たちを歌謡界に呼び寄せ、ヒットメイカーとしての快進撃が始まる。 ミリオンセラーとなった細野とのイモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」や大瀧の大ヒット・アルバム『A LONG VACATION』、第23回日本レコード大賞を受賞した寺尾聰の「ルビーの指環」、そして松田聖子の24曲連続オリコン1位中・17曲を手掛けるなど、阿久悠に代わり歌謡界で一時代を築き上げた。



日本の代表的な作詞家の一人ですね。
松田聖子さんの曲を数多く手がけていることから、個人的には聖子さんのイメージが強いです。
調べてみたら、たくさんの有名な曲の詞を手がけているんですよね。
KinKi Kidsの数々のヒット曲の詞も書かれているのは驚きました。


松本さんはC-C-Bのほとんどのシングル曲だけでなく、アルバム曲の詞も手がけていました。
数えてみると何と38曲!(リミックスやバージョン違いは除く)
松本さんが詞を書いたその38曲のタイトルを並べてみました。

シングル
「Romanticが止まらない」(1985.1.25)
Romanticが止まらない
I SAY, I LOVE YOU

「スクール・ガール」(1985.4.25)
スクール・ガール
もっとハートフルに愛して

「Lucky Chanceをもう一度」(1985.8.21)
Lucky Chanceをもう一度
サーフ・ブレイク

「空想Kiss」(1985.11.27)
空想Kiss
御意見無用、花吹雪

「元気なブロークン・ハート」(1986.4.9)
元気なブロークン・ハート
スワンの城

「不自然な君が好き」(1986.8.27)
不自然な君が好き

「ないものねだりのI Want You」(1986.12.10)
ないものねだりのI Want You

「2 Much,I Love U.」(1987.6.3)
2 Much,I Love U.

「原色したいね」(1987.9.23)
原色したいね
Love Is Light

「抱きしめたい」(1987.12.2)
抱きしめたい
Inner Mind

「恋文(ラブレター)」(1988.4.13)
恋文(ラブレター)

「Love Is Magic」(1989.4.25)
Love Is Magic
約束


アルバム
「すてきなビート」(1985.5.25)
急接近
スクール・ボーイ
Forever
二人のシーズン
浮気なジル
メモリーなんていらない

「僕たちNo-No-No」(1985.12.15)
Here Comes The C-C-B
リスキーゲーム

「冒険のススメ」(1986.6.18)
JOKEじゃなしに I LOVE YOU
ハードボイルド物語

「愛の力コブ」(1986.12.15)
TOO YOUNG

「石はやっぱりカタイ」(1987.7.25)
青いブランケット
Cherry Forest

「走れ☆バンドマン」(1988.5.25)
Cyber-Commander
プリマドンナ
Velvet Touch
Only For You,Only For Me

「信じていれば」(1988.12.15)
Blue Guitar



「Romanticが止まらない」からラストシングル「Love Is Magic」までの
シングル曲の作詞はほとんど松本さんというのがスゴイですよね。
それに加えてアルバム曲で言うと「すてきなビート」に収録されている全ての曲の詞を担当し、
アルバムの曲をメンバーがほとんど手がけるようになってからも
主に米川さんの曲の詞を書いていますね。

米川さんの曲の中でも人気の高い「Only For You,Only For Me」や
「Blue Guitar」も松本さんの作詞なんですよね。
その「Blue Guitar」や「青いブランケット」といい、
松本さんは米川さんにとっては「青」のイメージがあるのかなと思っています。
こういった曲から米川さん=青という図式が自分の中で成り立っていますね。
それに米川さんの曲の詞は全体的にアダルトな雰囲気がある気がしますね。
松本さんは米川さんに対してそういうイメージを抱いていたからなのか、
それとも米川さん側からの注文があったからなのか、どうなんでしょうね?

「すてきなビート」に収録されている曲の詞は、
今見るとちょっと恥ずかしくなってしまいそうな雰囲気のある詞が多いですね。
(「君の瞳に乾杯」や「人気のない校庭 大の字に寝そべって地球を抱いたね」など・・)
松本さんは当初こういう方向性でC-C-Bのイメージを捉えていたのかなと思うと興味深いです。
それに「ハードボイルド物語」や「Cyber-Commander」といった
現実離れした独特の世界観を持った曲もあるのが特徴かもしれません。


松本さんは裏方に徹していて、
メディアにはあまり出ていないという印象を勝手に持っていたんですが
実はC-C-Bのラジオ番組に出演したことがあります。
それは86年5月に放送された「進めおもしろバホバホ隊」なんですけども、
松本さんがゲストで出演してC-C-Bとお話しました。

この当時松本さんはワープロで詞を書いていたそうで、
「Romanticが止まらない」もワープロで詞を書いたそうです。
C-C-Bにワープロについて説明していて、
まだワープロについてあまり知られていないこの当時ならではと思ってしまいます。
ワープロだと気に入らない詞はすぐに消去できて未練が残らないから良いんだとお話していました。
その「Romanticが止まらない」のエピソードもお話されていて、
松本さんが筒美京平さんから曲を頂いた時からこの曲は売れると確信して詞を書いたそうです。

田口さんもこの頃詞を書くことに挑戦していたようで、
どうしても臭くなってしまうため松本さんにアドバイスを求めていました。
松本さんは「人が使っていたような言葉はドンドン切り捨てていけ、
残った詞が自分のオリジナルだ」と助言をしていました。

後に映画で公開されることになる松本さんが書いた小説「微熱少年」についてのお話を
関口さんが切り出したりしていましたが、
まさかこの映画に関口さんが出演していることになるとはこの時に思いもしなかったでしょうね。
もしかしたら松本さんはこれをきっかけに「微熱少年」が映画化されたら
関口さんを出演させようと思ったのかもしれないと勝手に妄想しています(笑)

他には聖子さんを始めとした女性の詞を書くこと、
実体験に基づいていて詞を書いているのかといった詞に関してのお話や
大ヒットした「ルビーの指環」についてのお話をしていたりとC-C-Bのこと以外のお話もされました。

こういう場でしか言えないということで、
英樹さんや笠さんはこのとき松本さんのことを「隆くん」と呼んでいました(笑)
さらにこれ以降ラジオの中で松本さんのことを「隆ちゃん」と呼ぶようになっていましたね。


平凡の86年12月号には様々な有名人がC-C-Bの印象を話すというコーナーがあり、
その中に松本さんもコメントされていました。
その一部を引用したいと思います。

C-C-Bの5人と初めて会ったのは、六本木の喫茶店。あのカラフルな髪にはビックリして、そのまま引き返そうかと思いました。気をとり直して話してみると、見かけとは全然違って礼儀正しくて健康的なグループでしたけどね。不遇の時代なのにすさんでいないし、熱意が伝わってくる。「僕たち、この曲でもし売れなかったら、音楽やめようと思うんです。解散して普通の人間になります」とヒデキがはっきりと言ったことを覚えています。



C-C-Bは真面目なバンド、礼儀正しいバンドという評判を聞くことが多いですが、
松本さんもC-C-Bと出会った時にそう感じたんですね。
これをきっかけにしてC-C-Bとの関わりが増えていくことになるので出会いの大切さを感じてしまいます。


そういえば87年~88年に放送されていたC-C-Bのラジオ番組「いたずらジャックポット」の中で
「あなたも隆ちゃん」という単発コーナーがありました。
このコーナーはC-C-BメンバーがC-C-Bの曲の替え歌を歌う内容で、
実際にオケを流して歌っていたのである意味贅沢なコーナーでした(笑)
ちなみに「愛の力コブ」、「ジェラシー」、
「ハートブレイク・カラー」の替え歌の3曲をメンバーが熱唱していました。


C-C-Bの最後のラジオ番組となった「Let It C-C-B」では、
解散ライブが迫った9月の放送で解散するC-C-Bに松本さんが電話でメッセージを送っていました。

松本さんはC-C-Bに対して、
「みんな才能ある人間だから、真剣にやれば生き残っていく人たちだと思います。
C-C-Bは良いバンドだったと思うし、解散は残念だけども、
始まりがあれば終わりがあるし、終わりがあれば始まりがある、だから頑張って下さい」
と温かい言葉を送っていました。


C-C-Bの解散後発売された書籍「寝たふり」には
松本さんからC-C-Bに対しての熱いメッセージが載っていました。
その一部を引用したいと思います。

まさか『ロマンティック~』があんなに売れるなんて思わなかったし、売れたあとでさえ、業界スズメたちが「あんなの一発屋だよ」って騒いでたからね。とりあえずぼくもくやしいからさ、めいっぱいこの野郎たちを応援してやろうと思っちゃってね。
はっと気がついたら最後までつきあってたって気がする。(中略)時の流れってほんと速いね。ぼくなんて生きる化石って言われるし。おい、てめぇら、ちゃんとまともな職につけよ。こんなやくざな業界から足を洗ってさ。米屋をやれよ米屋を。



松本さんなりの愛が詰まったメッセージだと思います。
最後までC-C-Bを支えていたのはこういう理由があったんですね。
でも、それだけじゃなくてC-C-Bメンバーの一人一人の魅力を知っていて、
「良い奴らだから俺も出来る限り協力してやろう」という思いがあったからだと思います。
でないとなかなか最後まで応援し続けれませんよね。


C-C-B解散後も松本さんとのつながりは途切れず、
ソロになったメンバーに対して詞を提供しています。

笠さんに提供したのは以下の曲。

シングル
「Rockin' Roll Baby」(1990.5.1)
Rockin' Roll Baby
純情夜


アルバム
「RYU」(1990.6.25)
冷たくしないで
上海の夜は更けて



米川さんに提供したのは以下の曲。

シングル
「Private Lips」(1990.7.25)
Private Lips
天使の町


アルバム
「Sweet Voyage」(1990.8.29)
Burn 4 U.
Jazzyな気分の夜
魂の歌




笠さんも米川さんも初期の曲を松本さんに書いてもらっていますね。
ソロになってからもC-C-Bからのイメージをそれぞれ引き継いで書いているような印象を受けますね。


C-C-Bを脱退しソロになってからの関口さんはご自身で詞を書いていましたが
関口さんが中森明菜さんに曲を提供し、ヒットした「二人静」は松本さんの詞によるものなんですよね。
ここから関口さんの曲に何度か松本さんが詞をつけることがありました。

関口さんに提供したのは以下の曲。

シングル
「天河伝説殺人事件」(1991.2.14)
天河伝説殺人事件

「たまゆら」(1991.7.21)
たまゆら


アルバム
「悪戯」(1991.3.21)
夢見るナタリー

「千夜一夜」(1992.2.21)
ロシアの少女
月下仙女



「天河伝説殺人事件」の雰囲気を意識した詞を書かれています。
この独特な日本の和を意識したような雰囲気の詞が僕はお気に入りです。

他にも関口さんは上記の通り松本さん原作の映画「微熱少年」に出演しました。

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この映画はまだ見たことがないので詳しいことは書けないんですが
関口さん以外にもたくさんのミュージシャンの方が出演されていたそうですね。


そして、99年11月に放送された
「風をあつめて~作詞家・松本隆 日本ポップス史を彩る30年の軌跡」という特番では、
英樹さん、笠さん、関口さん、米川さんの4人が集まって「Romanticが止まらない」を演奏しました。

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米川さんはTVなどでよくあるC-C-Bの一夜限りの再結成のような時には
参加されていないという印象なんですが
この時に参加されたのはお世話になった松本さんへの感謝の気持ちがあったからなのかな?

この番組内で松本さんと4人のトークはほとんどなかったんですが、
松本さんがちゃんとメンバー一人一人の名前を覚えていたり、演奏し終わった笠さんに対して、
松本さん「汗ビッショリだね」
笠さん「緊張させちゃうから~」
なんていうやり取りも見ることが出来ました。

matsuryu.png

ちなみに演奏された「Romanticが止まらない」は生演奏ではなくオケを使っていました。
田口さんがいなかったので仕方ないと言えば仕方ないのかな。


この他にもC-C-Bと松本さんの関わりはあるかもしれませんが、
僕が知っているのはこのくらいです。

調べていくと松本さんの中でもC-C-Bの存在というのは決して小さいものではなかったと気づきました。
松本さんが書かれた曲は今でもC-C-Bメンバーが大切に歌っています。
これからも松本さんのC-C-Bに対しての思いも込もった素敵な詞を歌い続けて欲しいです。

コメント

見つけた。

風街の記事で、かいしんさんが以前「松本隆」について記事を書かれていた事を思い出して、探して、やっと見つけました!

胸が熱くなりましたよ。作詞家とミュージシャンとして、素敵な関係が築かれていたんですね。
改めて読むと、松本さんが、ドラマーだったせいか、番組中の
「汗びっしょりだね」とか、今回の風街スティックのツイートとか笠さんへの想いが感じられます。

メンバーも徐々に作詞を手掛けていますが、私個人としては、関口さんの詞が独特で松本さんの色?を引き継いでいた感じがします。
「冒険のススメ」で、ハードボイルドの雰囲気?余韻?からの冒険のススメへ入るタイミングというか。世界観というか、好きです。

CCBと松本隆。
風街イベント。松本さん、御自身も無念だったんでしょうね…。こんなにCCBを大切にしていたんですね。
米川さんの出演エピソードや、ラジオでの呼称からも、メンバーも信頼し親しみがあったと、感じられますね。当時、なんとなく「隆ちゃん」みたいに呼んでいた記憶が、かすかにあります。


私も、年のせいか記憶が曖昧で、しかも記憶力も衰えていて(^^;)
最近、覚えていられなくて。過去記事探すものの、違う記事を読み込んでしまったり、、、
やっと辿り着きました。

2015.09.03  みぐ  編集

>みぐさん

コメントありがとうございます。

この記事をまとめていくにあたって、
松本隆さんとのつながりがこんなにも深いんだなと思いました。
C-C-Bにとって松本さんの存在というのはとても大きなものだと思います。

笠さん自身も好きな曲「スワンの城」、この曲も松本さんの詞なんですが
当時のラジオで自慢げに「僕のために書いてくれた!」と言っていたのが何だか微笑ましかったです。

僕も関口さんが松本さんの色を引き継いでいるなと感じます。
ソロになってからの「千夜一夜」というアルバムでは
他の松本さん作詞の曲と並んでも違和感がないくらいの作品を書き上げています。

2015.09.04  かいしん  編集

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プロフィール

Author:かいしん
[年齢]
24歳
[住んでいる所]
名古屋

80年代を代表するバンドC-C-Bの
魅力にとりつかれたのが中学生の頃。
あれから約10年が経ちました。

C-C-Bを愛する気持ちは今も変わらず。
これからも応援していこうと思います。
いつも心にC-C-B!

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